「どうして小学校に教科担任制を導入してはいけないのか?その理由を具体的に説明せよ!」

事情により、少し急いで内容を公開したいので、下書きから随時、公開していきます・・・


まず、実体験として:

私が小学校高学年の時の学級担任の先生は、
「国語」「算数」「理科」「社会」「道徳」「体育」「美術」を教えてくれました。
これは、その先生が体育も美術も得意分野だった、という非常に稀な事例であったが故です。

その先生は、教師としても、人間としても非常に完成されており、それ以後、
その先生を超える人物には、未だに巡り合ってはおりません。

― 複数の分野の知識を保有する人間とは、物事を統合的な視野で捉え、考える事ができます。
そのため、偏った・間違った考えに捕らわれてしまう事が非常に少ないのです。―

色んな教科の授業が、まるで夢物語の様に展開されていく様に、
ウキウキ・ワクワクの連続!な毎日でした。

だから成績も中の少し下程度だったのが自然と上昇していきます。
体育の指導も上手いので、身体能力も、この頃に急速に向上しました。

学校の授業って、こんなに楽しいのか!
じゃあ、中学に進学したら、もっともっと楽しくなるだろう!
と、私は期待に胸を膨らませたり躍らせたりしていました。




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ところが、中学に進学してみると、
教科ごとに違う先生が担当する形式となっていました。
教室を移動する場合もありました。

最初のうちは、その変化に新鮮味を感じていましたが、
徐々に違和感を感じ始めたのです。

そう、その先生の殆どが、人格に問題を感じ取れる人達ばかりだったのです。
特殊な、とでも言えばいいのか?とにかく先生全員が少し変なのです。
誇張して例えれば、ドリフの「だめだこりゃ」が1時間ごとに放映される感じです

まあ、あの小学校高学年の時の担任の先生は、
それこそ「師匠」と呼んでもいい位の大人物でしたから、
それと比べてしまうのは実際、あまりに可哀相ではありますが。

小学校の先生って、生徒にしてみれば「何でもできるスーパーマン」的存在であり、
もう生涯敵わない超える事ができそうもない絶対的な尊敬の対象になるんです。
こういう体験って、誰にでもけっこうあるんじゃないでしょうか?

でも、あの中学1年生の頃の異様なというか衝撃的な体験を、
実はその後も何度も何度も反芻し、その原因について考え続けたのです。


「毎日、356日、それも何年間も、同じ教科を教え続けていくと、
 知識の偏りから、さらに人格にまでも問題が生じてくるのではないか?」
という疑問が湧き上がりました。
教科担任とは仕事では毎日同じ分野について考えています。
でも、もちろん日常生活においては他の様々な物事について考えているでしょう。
しかし、人生の多くの時間を、単一の分野の勉強で独占されている事は事実です。

・教員の学務指導技術:余程の問題でもない限り、誰もが似たり寄ったり。
・教員の人格:人格障害は空気伝染しますから、些細な異常でも周囲に拡大してしまいます。
 こちらの方が大問題!
  人格形成に直接的に影響を与える教科順:について考えてみました:
  1.「国語」
  2.「体育」
  3.「道徳」
  4.「音楽」

その中学においては、特別、尊敬できる様な先生はおりませんでした。
高校などは単純に勉強の知識を吸収するのみで、人間的にどうのこうの、
と観察するまでの余裕はありませんでしたが、
唯一、非常に熱心に教えてくれた担任の地学の先生だけは印象に残っています。

私の人生の中で一番楽しかった時期が、小学校4〜6年生の時期であり、
一番最悪で暗かった時期が、中学校1〜3年生の時期でした。
大袈裟に表現すると、何かこう、天国から地獄へと突き落とされた、
そんな感じがしました。
小学校4〜6年生↑↑↑↑↑↑↑↑
中学校1〜3年生↓↓↓↓↓↓↓↓

中学校で始まる新生活に期待するあまり、小学校の卒業の頃は急いで通り過ぎた感じです。
今思えば、あの頃の雰囲気を十分に噛み締めておくべきだったと、
非常に後悔しているのです。

私が何かについて考えたりする時は、今でも
「●●先生なら、きっと多分こう考えるだろう?」
「●●先生なら、きっと多分こう言うだろう?」
と想像しながら事を進めたりします。
それ位に、学校の担任の先生の存在とは、大きいものであり、
その後の人生を決定付けてしまう位の出会いもあるんですね。


つまり、何が言いたいのか?
小学校の先生と、中学・高校・大学の教科担任教員を比較して出た答え:
・学級担任制:あらゆる教科を受け持つ先生は、高度な人間性を持つ。
 特に国語と体育は表裏一体!要中の要であり絶対に外せない!
・教科担任制:一つもしくは2つの教科しか担当しない先生は、
 多くの場合、人格に問題が生じている。年齢を重ねるごとにさらに悪化していく

どちらの先生に教わりたいですか?そして、
どちらの先生に担任(人生の師匠)になってもらいたいですか?


カタカナ言葉で言えば
「スペシャリストよりもゼネラリスト」
スペシャリストでは、どんなに頑張ったとしても
雇われの身になる事しかできません。
 しかし経営者・政治家などになるには、
そして、ここまで崩壊に追い込まれてしまった
社会全体を見渡し、その問題を解決していくには、
「ゼネラリスト」=「あらゆる分野に精通した人物」
になるしかないのです。

※「あらゆる分野」とはいっても、全く勉強する必要の無い分野や、
  決して深入りしてはいけない分野がありますから要注意です


狭く深く勉強すると、必ず間違った方向に迷い込んでしまいます。

しかし、広く浅く勉強していると、少し過去の自分自身の事をすぐに客観視でき、
自己分析・自己評価・自己批判などができる様になり、
迷路に迷い込んでしまう事を少なからず回避できます。



だ・か・ら、中学も高校も大学も、
全て「学級担任制」=「全教科指導体制」にすべし!
という極論に帰結するのです。



「全教科担任制」にすれば、
まずは教員の人格が補正され、教員は統合的な知識を身に着けていきます。
すると、その教員から教わる生徒達も、同様に、
人格が補正され、統合的な知識を身に着けていく事ができるのです。

「全教科オール5、運動神経抜群」=「文武両道」を、全員が目指すのです!



(続きます)




【予告】「専門家になればなる程、不完全な人間になってしまう」

教科担任制:各教科ごとに、それぞれ専門の先生が教える方式とは、まさしく
専門家(不完全な人間)を大量生産してしまう結果となってしまいます。

専門家:銀行家、実業家、経済評論家、弁護士、
科学者、医師、建築関連技師、
小説家、スポーツ選手、音楽家、
パソコンプログラマー、システムエンジニア、・・・

こういった人達は、ごくごく狭い分野の専門家です。
専門性と技術を高めれば、収入は増えるでしょう。
しかし、こういった人々が世の中全体を「良く」していく事に貢献できると思えますか?
???それぞれがバラバラに「自分自身の金の獲得」だけを目標に活動しているだけですよね?
・銀行家:詐欺的金融体制こそが現代文明を破滅へと導いています。
・弁護士:悪人を擁護するために作られた法律を駆使し悪人を守るのが仕事です。
・医師:医療点数=利益優先で、無駄な医療支出と死者を増やしています。
・科学者:殆どの発明や科学技術は自然環境を破壊するものです。
どれもが一見、物凄く高度な事をしている様にみえて、結果的には文明の崩壊に加担しているのです。

オーケストラでいえば、それぞれが単一の「パート」演奏者に過ぎません。
ピアノやギター等といった「オーケストラ楽器」の演奏者ですらありません。
例えれば、単音しか出せないフルート演奏者の寄り集まりであるといえます。
彼らが読む五線譜には、自分のパートの音符しか書かれていないのです。

今現在の世界において、これら「パート演奏者」をまとめる
「指揮者」に相当する人が、
実は実話、存在していないのです。監督者不在なんです。空席なんです。
社会全体を取りまとめる人、考え方、知識層、そういったものが欠落しているのです、
だからこそ、その「指揮者」を目指す人物を増やす!
そのためには、「全ての教科を指導できる教員」が必要なんです!





【予告】「教科担任制を導入したい思惑とは?」

支配手法:分断の技術:思想分断、知識分断、
「パズルの一片だけについて生涯考えさせ、
 パズルを全体を完成させる方法については一切教えない」
物事を細かく解体・細分化して、何がなんだか分からなくさせる、
そして、物事の根底原理について考えが及ばない様にさせていく、
そうすれば反発する考え自体が出てこなくなり、
人民を操りやすくなり、支配しやすくなる:

教員の負担軽減という名の下の日本教育弱体化戦略:怖い怖いハロウィン飴玉
→ 生徒数が減ったこの御時勢で、どうしてワザワザ分担制にするのか?

悪人というものは、物事を悪い方向へと変化させる事が仕事です。
海外勢力にしてみれば、日本公教育を破壊し、
日本人生徒の能力を低下させる事こそが正義であり仕事であり公務なのです。
つまり、小学校における教科担任制の導入とは、
「外国の公務」である訳なのです。
よく「米中合作映画」と比喩しておりますが、ソウイウコトです(^^)


日本の良い所をこそ破壊し弱体化させる:
・家族の絆の強さを破壊する:
 ・男女間で争わせる:ウーマンリブ、夫婦別姓、
  ・旧来の社会的役割を破壊:ジェンダ−
・日本独特の企業内の絆の強さを破壊する:
 ・労使間で争わせる:労働組合を作り、さらにスパイ派遣
 ・派遣制度の推進により正規雇用と終身雇用体制を破壊
・勤勉な精神を破壊:まずは学校から
 ・祝日祭日を増やす
  ・週休二日制の強制
  ・学校を娯楽施設化:野球、サッカー、ダンス、・・・
 ・賭博の種類を増やす:パチンコ、サッカーくじ、カジノ

そして、教科担任制を導入、と、全ては繋がっています

殆どの新聞やインターネットニュースサイトでは、
教科担任制について、非常に好ましいものであると、
報道していますが、全ては「思想誘導」「Fake News」というものです。
特に教育組織内全般に根深く入り込んでいる
大陸アジア渡来人系の組織が作成している
メディアにおいて顕著です。
決して真に受けない様、十分御注意下さい。

「Fake Money」→「Fake Japanese」→「Fake Opinion」
「偽札で買収された偽日本人が偽日本人世論を拡散する」