「あなたの夢を捨てなさい」

新年度スタート!春だ!桜だ!という事で、 私なりの応援の言葉が溢れてきましたので書いてみます。 自分の歌も演奏も、どうにもこうにも納得がいかない、 このままでは多分、一生、納得がいかないままであろうと思われる。 元々は敢えて「一番」苦手なものを克服するがために、 高校時代頃から練習を始めた音楽ですが、 さんざん試行錯誤しながらも、いまだに解決法が見付からない。 そして昨年の台風で、音楽機材「も」全てオジャンになってしまった。 これはこれで悲しい出来事ではあるが、実はそうでもない。 別のやりかたを試すのには、いい機会かも? 音楽への夢が、まだ諦め切れない。 そこで最近は、ただひたすら「曲を聴く」事を初めました。 練習は殆ど無し!というか楽器無し! 『聴くが先!』 ただひたすら「曲を聴く」、 ただひたすら「曲を聴く」、 ただひたすら「曲を聴く」!!! 同じ曲でも様々な人の演奏でアレンジで、色々な速度でキーで、譜面を読みながら、 そこから見えてくるものがあるであろう、 ・無駄な練習が逆に手癖を誘発、 ・音楽そのものを理解せずに  ・音を視覚や理屈で理解しようとしてしまう、  ・手で覚えようとしてしまう、 今回の生涯は、音楽を聴いて理解するための生涯とし、 生まれ変わった時から、本格的に音楽活動を開始しよう、 という長期計画へと移行しようかな??? だから100年計画どころか、1000年計画?無理だろそれ? 「あなたの夢を捨てなさい」 「誰かが作った仕組みの上で夢を組み立てる事を止めなさい」 「誰かが作った仕組みでは無く、自分でその仕組みを作りなさい」 「自分が作った仕組みの上で、自分の夢を組み立てなさい」 だから、 「あなたの夢を捨てなさい」 「それはあなたの本当の夢では無いから、」 「それは誰かが作った夢に過ぎないから、」 「あなたの、これまでの夢は、全て捨てなさい」 「あなたの、これまでの夢を、全て手放しなさい」 そして、これからは、 「あなたの新しい夢を作りなさい」 誰かから、こんなお叱りを受けている様な「気が」します。 ※「それは誰かが作った夢に過ぎない」 →この場合、誰かが、誰かを「騙して」、自分が儲かることを『夢見て』つくった物に過ぎない:  という意味です。 理解しやすく具体的に例え話として書くとすると、 「野球」や「サッカー」というジャンルで夢を追いかけるのではなく、 自分でその「野球」や「サッカー」に変わるジャンルを新たに創作し、 その自作ジャンルの上で、夢を追いかける、という訳です。 誰のルールにも従わない。自分でルールを作る! 音楽でいえば、 紅白出場を目指して頑張るのではなく、 自分で紅白歌合戦みたいなものを主催して理事として歌うという事! 自分で音楽インディーズレーベルを立ち上げて楽曲を発表するという事! 自分で独自の音階を創作し、 その特殊な音楽理論の上で、夢を追いかける、という事です。 自分で独自の歌唱法を創作し、 その特殊な歌唱法に基づき、夢を追いかける、という事です。 政治でいえば、 政治屋になって世界マフィア連合の手下となり頑張って金儲けしよう、と考えるのではなく、 自分で国家と法律を創作し、その運営者の一人として頑張る、という事! かなり極端な考え方ですが、 こうすれば罠に引っかかる事は限りなく「零」に近くなります。 それを作った「誰か」に騙されてしまう事を、 そして自分が、その騙しに加担してしまう事を、 少なからず回避できる、という訳です。 後は、自分が誰かを騙そうとしない事! その戒律を永遠に守るのみ!という事になります。 自分でルール(戒律)を作り自分でその戒律を守り続ける訳ですから、 「自由」というより、それはむしろ、より 「忍耐力」「責任感」が要求される生き方になる、 という事なのでしょうね。 P.S.1 「それを手放す」という言葉には、 何か秘密が、そして非常に大事な事が隠されている様です。 最初に気付いたのは、とある合唱歌の歌詞。 「光と風をつれて」より「あいたくて」 詩:工藤直子 作曲:木下牧子 今、その歌詞を調べてみると、 「それを手渡さなくちゃ」が私には 「それを手放さなくちゃ」に聴こえたのです。 これまでの歌詞で受けたことが無い、とてつもない衝撃でした。 その次が、とあるヨガ団体の講師が毎回言う台詞。 「そういったものを一つ一つ『手放して』いけば・・・」 もちろん本当に大事なものは何があっても決して手放してはいけませんが、 全く必要の無い、いやむしろただの害悪に過ぎない物を持っている事で、 逆に自分がずっと苦しみ続けている、そういう物や事が世の中には沢山あるんですね。 どれがそうで、どれがそうでないか?それを気付かせてくれる出来事とは? 多くの場合、それは「病気」「災難」などの、表面上は悲しく思える出来事であったりして? タバコを辞める事ができたのも胃潰瘍による胃カメラ施術の 信じられない程の強烈な痛みの「お陰」でしたから(^^) P.S.2 面白い考え方があります。 「刑務所に入っていたから病気にならずに済んだ」という話を聞いたことがあります。 妙に深ーーく納得してしまいました。 そして、こんな事を考えてみました。  私の知り合いで「タバコ」も「酒」も「コーヒーも睡眠薬も」止められない人がいます。 もう、いずれ数年後は肺ガンか何かで入院→死亡と決まっている様なものです。 私が何を言っても辞めようとしません。理解力も衰え痴呆症の直前です。 睡眠促進剤の影響(精神面での副作用)が各種依存症に拍車をかけている様です。  さて、この人物が、飲酒中に犯罪を起こし、刑務所に入れられたとします。 それは確かに表面上は悲しい出来事です。前科も付きます。 でも、もし幸運にも1年間、刑務所に入れさせてもらえた(^^)なら、 質素な食事付、寝床付、=断酒治療付、=断煙治療付、=断コーヒー治療付、=断睡眠薬治療付、 あれあれ?これって完全無料で完全なる健康体に戻る事ができるんじゃないですか?!  入院して自分が苦しい思いをし、高額な治療費で財を失い、 介護で家族を子供をも苦しめるより遥かに素晴らしいではありませんか! そして俗世間の虚偽報道や同調圧力の影響も皆無です。 永平寺で1年間修行してきたと思えばいい!ちょっと違うか(^^;) そうです、「精進生活」とは、ある意味「牢獄生活」にも似ています。 でも「精進生活」とは、自発的に自分自身に戒律を定め、それを生涯実行し続けるものです。 その戒律を守ってさえいれば、何でもできます。どこにでも旅行もできます。 自分がその必要性を完全に理解した上で開始・継続しているので、 それを誰かに強制されている様な重圧や惨めさも全くありません。 そして、その生活を長く続けていけば?いずれ俗世間に流通している多くの物事は、 実は全く必要の無い物であったのだ、と気付く至れば、 「自由」という言葉の真の意味を悟る事にもなりましょう。